ロングシート、クロスシートとは❔

目次

1.  はじめに

2.  言葉としての「 ロングシート」、「クロスシー ト」とは 

3. JIS で定義された「ロングシート」、「クロスシート」とは

 (1)「ロング」、「クロス」の意味

 (2)「ロング」の long について

4. 余談

5. おわりに

1.  はじめに

誰にも “どうでもいいけど何となく気になる” といったこと(もやもや的はてな)が、一つや二つ、いや少なからずある筈ですが、この度は、かくいう私の脳裏で長年もやもやしていて、stay (at) home のせいかどうかはともかく、この陽気の下、にわかにうごめき出した首記の "はてな” につき考察してみようと思った次第です。ところで、ここで取り上げる "はてな” とは、「電車やバスの座席についての呼び方、ロングシートクロスシートとは、そもそも何ぞや?」ということです。「今さらなにを・・・」といったことかも知れませんが、「ロング」、「クロス」という言葉の意味について考えるにつれ、ますます謎度が深まった次第です。以下、そのような次第で、いろいろ考えてみた結果について述べたく思います。

2.言葉としての「 ロングシート」、「クロスシー ト」とは 

まずはじめに、ロングシートクロスシートが、英語で long  seat、cross seat と表記されると仮定した上、議論を進めることにします。そうしたとき、ロングシート (long  seat) は、単に「長い座席」と解釈することができ、また、「クロスシート」は cross が「交差する」とか「横切る」とかいう意味なので、例えば(座席同士が)十文字に交差した座席」であるとか、「(何らかのものを)横切る座席」であると解釈することができます。しかし、このように解釈されても、この段階では、まだ、ロングシートクロスシートが、電車やバスにおいて実際どのように配置されるのか、皆目見当がつきません。

3. JIS で定義された「ロングシート」、「クロスシート」とは

(1)「ロング」、「クロス」の意味

ロングシートクロスシートは、冒頭で述べたことは、さておき、現に電車やバスに設置されているわけなので、ここで、解明の足掛かりとして、とりあえず日本産業規格(JIS)(*1)における「鉄道車輛ー旅客用腰掛」に関する規定 E7104(2015)を参照し、当該座席についての定義や設置様式について調べてみました。

その結果、このJISでは、ロングシートクロスシートが、それぞれで long  seat、cross seat と英語表記されること、及び、それぞれ「レール方向に座席を並べ、背ずりの背面を側鋼体に密着させ、側鋼体及び/又は床に座席の向きを固定する腰掛」である旨、及び、「枕木方向に座席を並べ、側鋼体及び/又は床に座席の向きを固定する腰掛」である旨定義されていることが分かりました。

そして、この定義からロング (long) 、(cross) は、端的にいって、それぞれ「(車両の)縦方向/前後方向」の、「(車両の)横方向/左右方向の」という、方向を表す形容詞らしいことが分かりました。

(2) ロングの long について

しかし、ここで注意すべきは、「縦方向の」に対する英語は longitudinal(若しくは、その略語 long.であって(*2)、決して longではないということです。従って、当該JISで使用されている long という英語は不適切ということになりますが、幸い long  と long. は発音が同じであるため、「ロングシート」という呼び方自体、safe のようです。ちなみに、問題の long が longitude の略であるとする説もありますが、これにも疑義があります。なぜなら、多くの英和辞典で、longitude は「経度」「経線」、並びに、戯言としての「縦」、「長さ」という名詞とされており、また、longitude の略は、やはり long.  であって long ではないからです。

(*1)日本工業規格から2019.7.1に改定

(*2)旺文社英和中辞典(1991年版)

(3) 鷹揚なJIS 

当該JISによれば、ロングシートは「背ずりの背面を鋼体に密着させる」ことになっていますが、例えば、一部の観光用車両やモノレールの車両などでは、座席が側窓の方へ向けられていて、「背ずりの背面が鋼体に密着されていない」こともあります。また、クロスシートにあっては、「まくらぎ方向に座席を並べる」ことになっていますが、この「まくらぎ方向」というのが意味不明です。なぜなら、そもそも、まくらぎ(*3)というものは、必ずしもレールの長さ方向に直角に敷設される」わけではなく、例えば、レールの長さ方向そのものに対して斜めの方向や、極端な場合、レールの長さ方向に敷設されることもあるからです。ということで、当該JISは、実に鷹揚なもののように感じられた次第です。

(*3)「まくらぎ」は、JIS E1001(2001)によれば、木材以外に、コンクリート、合成樹脂、鋼鉄などで作られるとされる。

4.余談

 現行のJISでも用いられている「ロングシート」、「クロスシート」という用語は、古くは、昭和35年に機芸出版社から出版された「鉄道車輛401集(上)」という本において、既に認められます。従って、当該用語は少なくとも60年以上前から、少なくとも鉄道マニア達の間で使用されていたといえます。しかし、この本の出版前のいつ頃から使用されていたのかや、当時のJISで既に使用されていたのかは、知り得ていません。ですから「ロングシート」、「クロスシート」という呼び方自体、(国内外の)どこで、いつ頃から何者によって使用され始めたのかについては、興味あるところです。

ところで、多くの英和辞典では、longitudinal は、上記のとおり 「縦方向の」とされ、trasverse 若しくは lateral は「横方向の」とされています。また、longitudinal に対して「縦方向材」という訳語を掲げている辞典もあります(例えば、上記(*2)及び(*4)、(*5)など)。そのため、例えば造船の現場では、「縦方向材」、「縦方向の」を「ロンジ」と、「横方向の」を「トランス」と呼ぶこともあるようです。

してみると、ロングシートを「ロンジシート」、クロスシートを「ラテラルシート」などと呼ぶのも是と思われますが、それでは一般に理解されにくいというのであれば、いっそ日本語で「たて座席」、「よこ座席」のように呼んでみてはどうかと思います。

余談の余談ながら、かつての阪和電鉄(現JR西日本阪和線)では、電車の形式記号として、たて座席車に「モタ」、「クタ」が、よこ座席車には「モヨ」、「クヨ」が用いられていました。

(*4) 小学館プログレッシブ英和辞典(1987年版)

(*5)  Webster's Encyclopedic Unabridged Dictionary of The English Language (1996 年版) 

5.おわりに

現在、社会で普通に用いられている、ロングシートだとかクロスシートだとかいう言葉につき、それらが、そもそも何たるかにつき、鉄道車輛ー旅客用腰掛に関するJIS E710の参照も含め、考察してみました。その結果、当該シートの、車両での設置態様が一応分かったのですが、このJIS自体に下記問題があると考えられたため、所期の命題(「ロングシート」、「クロスシート」とは❔)につき論じること自体、なんだか虚しく感じられた次第です。

(1)ロングシートのロングの英語として、本来用いられて然るべき long. ではなく long が用いられている点。

(2)「背ずりの背面を鋼体に密着させる」ということが、座席が側窓の方を向いているような場合もあるので、現実的ではない点。

(3)「まくらぎ方向に座席を並べる」ということが、そもそも「まくらぎ方向」の定義が不明のため、規範性に乏しい点。

以上